ishiwatamarimarimariishiwatta

30 2006

スペイン1 言葉とはなにか

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私はとても淡々と、今日もふつうに暮らしている。
日本のいつもの場所。

スペイン語が少しだけ聞き取れるようになりました。ってほんとに少しだけです。語学の習いたてはいつも楽しい。英語、フランス語、韓国語、スペイン語、と来ましたけれども、ちょっとわかってきたあたりで至福のときは終わります。だんだんさほど楽しくなくなってくることでしょう。
でもスペイン語はがんばってみます。必要だからね。きっとなんとかなるだろう。

外国から日本に帰ってきて、チッ。って思うポイントはもちろん色々ある。たとえば誰もニッコリしないし、久しぶりに会った両親とも抱きあえない。(スペインでは「初めまして」の挨拶でも軽く抱きあってチュッチュッとする(音だけ)。親しくなればもっとしっかりと抱きあう。だからいつも、さみしくない。)それとか、帰りの飛行機で一緒になった日本人の中年ツアー客たち。飛行機の時間が2時間ほど遅れてパリで待ちぼうけを食らったことに激怒していた。確かにおかげで成田から自宅までの終電を逃すともなれば、なかなか予定が狂って困るよね。でもそんなことで激怒って、いったい旅行をなんだと思っているんだろう。そもそもツアーって何?何でもかんでも予定通りに行くと思ったら大間違いだ。予定を遂行するのが旅行だと思っているのなら、このひとたちはもしかしたら予定を遂行するのが人生だと思っているかもしれない。そうだとするととてもこわい。おじさんおばさんは終始いらついた面持ちで、あんまり申し訳なさそうじゃない機内のアナウンスに向かって悪態をついていた。醜い。どう考えても醜い。(ちなみに彼らのような人たちは、相手が申し訳なさそうな声で謝ればそこそこ満足するのだ。)

と、こんなふうに、陽気なスペインの帰り道に日本に直面して、チッ。と思うことはいろいろあります。

だけどね。言葉が不自由なことの純粋さや気楽さと、全ての言葉がわかってしまうことの息苦しさ。日本や日本人や日本語が悪いんじゃなく、もっと普遍的なエゴなのかもしれないって思ったよ。電車の中にいる若者たちがどんなに下品な会話をしているか、広告のうたい文句がどんなに吐き気のする嘘のプロパガンダか。日本にいる間中そんなことにため息が出るけど、もしかしたらスペインでだって、そうだったのかもしれない。私がただ、言葉がわからなかっただけかもしれない。

言葉なんかなければいいよ。スペインにいたらそう思う。私のスペイン語は限りなくゼロに近いし、まわりのスペイン人たちもほとんど誰も英語がまともにしゃべれない。だけどいいやつとやなやつの区別もついて、そのひとの人となりもわかるのはなぜ?楽しさや嬉しさや喜びや笑い、かけがえのない出会いを共有できるのはなぜかしら。

言葉なんかなければいい。私はいつも考えすぎている。言葉を並べすぎているんだから。

滞在中、英語が流ちょうにしゃべれる人にふたりだけ出会った。そのうちのひとりに、私は自分の活動やコンセプトについて詳細に話さなければならなかった。私は自分の英語力のなさに唖然としたし、スペインにいる間、深いレベルの論理的な発言を一度もしていないことに気がついた。自分の世界を言葉で整理すること。それはそれで大事なことで、私はそこから逃げちゃだめ。頭の中を整理して伝えることはいつだって大事だ。そこから逃げるためにスペインを好くのなら、それはただの甘えだと思う。言葉から逃げて母国を出る。それは素敵なことに見えてくだらない、ことにも見えてやっぱり少しは素敵だ。わかりすぎる言葉の群れは目を耳を口を頭をふさいで、私の心を封じてしまいそうだから。

だけどだけどね、

私は日本が大好き。
日本はほんとによくがんばったと思う。
この感じ。
日本にゃ、だれもかなわない。
(次号へ続く はず)

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スペインは

みんな笑ってる







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Posted by イシワタマリMari Ishiwata | 21:54 | Comment [0] | TrackBack [0] | 未分類

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