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見たことある顔

きもちの滅入った私のところに、友人から届いた郵便物は、『森と氷河と鯨』という、星野道夫さんの本だった。
ほんとにありがとう、と思う。たましいの話から遠ざかりつつあった私に、いま必要だったのはこのことだったの。
私は本を読むのが苦手だったけど、ここのところ初めてけっこう、読書をしている。本を読むのも案外いい。
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「顔が似ている」
ということはけっこう大きな意味があるような気がしている。
たとえば写真集の中のアフガニスタン人の男性の顔を見て「え!日本にいるよこの顔のひと」と思うこととか、自分の顔の輪郭がポカホンタスに似てると思うこととか、ペルーの老婆がうちのおばあちゃまにそっくりなこととか、チベットの村の人々になんだかしらない郷愁の念を抱くこととか、韓国の街でハッとすることとか、ニューヨークやロンドンのチャイナタウンで妙に落ち着くこととか。
遠くの見知らぬ土地にいるひとは自分が見知らぬ顔立ちをしていると思い込んでいたのに、「ものすごく見覚えのある顔!!」ということで、
「似ている」っていうのはけっこう大きな意味があると思う。
それは、「なにかを共有しているのかもしれない」という気持ちなの。「なにかがつながっているかもしれない」という気持ち。
私は純粋な血などというものを信じてはいないし「日本人」という人種がいるとも思っていなくて、私が古今東西老若男女人間動物問わずいろんなひとに似てると言われたりいろんな国のひとに間違えられるのはけっこう喜ばしいことなんだけど、それは、「いろいろなひととなにかがつながっているかもしれない」という気持ちがふくらむからだ。
それはべつに錯覚でもかまわなくて、ただ、自分の心の中に生まれるなにか「ハッ」とするなにかなんだよね。
麻
Posted by イシワタマリMari Ishiwata | 22:24 | Comment [0] | TrackBack [0] | 未分類
