ishiwatamarimarimariishiwatta
インタビューウィズヴァンパイア

わかりきったことを力説されること
納得できない脈絡の中に私の存在が取り込まれて理論づけられること
私の一側面を受け取られて都合のいい私像を作られてしまうこと
最近そういうことがものすごく多くて
けれども
そのひとたちのことを決して嫌いではないのだ。むしろ好きでもある。好きだからこそ、そのひとたちの「そうしてしまうこと」を咎める気にはなれない。自分が種をまいているからそうなっているにもかかわらず、その状況にうんざりしてしまっている自分に疲れる。
たぶんそういう理由で疲れる。そういう理由で寝込んだ。
こういうときに思うことは、言葉なんてファックだ、言葉なんて要らない、黙れ、もうしゃべりたくないの!
言葉にしなきゃわかんないことももちろんあるんだけど、今の私には、だいたいが、言葉にしなくてもわかるの。
「中央改札口は階段上って右だよ」とか「今日は11時頃帰るよ」とかはもちろん言葉で教えてもらいたいです。でもそういう情報だけでいいです。
今の私には言葉にしなくても(しないほうが)わかるの。自分が他人の鏡になっているからだ。
そう言いながらも私自身が言葉をしゃべっているのは、そうしないと他人の言葉にほんとうに飲み込まれてしまうからなんだと思う。とくに今は。今は全員黙るのが願い。でも
誰も黙らないからけっきょくしゃべり合戦になっちゃうんだろうよね。
そういう「勝負」みたいな感じはやめにしないといけないな。静かになりたい
でも今夜も他人の言葉を聞きに出かける。修行だ。
だけどねこうやって他人の言葉に飲まれて発熱しながら「やめてくれ」と叫びながらも、その言葉の中にはけっこう私の知らない答えも入ってたりするのが事実なんだよ
うんざりしつつも、「わかってるのに」と思いつつも、ほんとうはわかっていなかったことがクリアになっていたりもするんだよ。
そういうわけでやめられない。
そういうわけで修行が続くのよ
バランスの問題だね。
麻
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Posted by イシワタマリMari Ishiwata | 13:08 | Comment [0] | TrackBack [0] | 未分類
