ishiwatamarimarimariishiwatta

22 2006

どうして地元が愛せないのか

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私にとって、「アート」は言葉。
命であって、魂であって、キスであってハグであって、私自身。そして言葉。

生き物はみんな、言葉を持っている。声や文字を使った言葉だけでなくて指を使った言葉、表情やしぐさを使った言葉、超音波を使った言葉とか、ぜんぶ含めて。ひとつひとつの言葉には魂を込めることができるし、残念ながら、込めないこともできる。
「生きている」ことの唯一の証にして最大の喜びは、自分以外の生き物とコミュニケーションがとれるってことだ、って思う。

「アート」はその、コミュニケーションのための道具である。私は自分の「アート」に魂を込める。自分のまわりに自分以外の生き物がいる限り、私は退屈する暇がない。絵を描いていてもいなくても、言葉(ただし、魂を込めた言葉)を使って生きている限りそれは「アート」なのである。と、思う。

最近気づいたことは、私は東京やニューヨークやパリやロンドンに行かなきゃいけないわけじゃないってことだ。自分以外の生き物とコミュニケーション(魂を込めた)をとって生きていける場所ならどこでもいいんだ。しかしそれは、残念ながら今のところ、横浜以外のどこかだ。と、思う。

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香川県を旅行してきました。高松市内のイサムノグチ庭園美術館と、もちろん直島&地中美術館も。
すばらしすぎて言葉になりません。いろんなこと学んだ。



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Posted by イシワタマリMari Ishiwata | 17:20 | Comment [0] | TrackBack [0] | 未分類

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