ishiwatamarimarimariishiwatta

15 2007

かいこ

1015fukigenminny.jpg


小学校1年生のとき、かいこがの幼虫を育てさせてもらうことになって、ひとりひとりにかいこが配られた。かいこは「くわの葉」しか食べないらしくて、「くわの葉」を食べて大きくなるとまゆ(絹の材料になるあれ)になるというので、みんなはりきったんだけど、

私のやつだけ、どういうわけか、もらってすぐに死んでしまった。

クラスのほかのみんなは、休み明けに、まゆになったかいこを先生に提出していた。

かいこが死んでしまったのはとりたてて私のせいではない、と、先生も親もみんなも思ったでしょうが、じつは私はとちゅうで、あれは私のせいだったということに気づいた。私が「くわの葉」だと思ってあげていた葉っぱ、くわでも何でもない、なんかよくわかんない葉っぱだったのである。

観察日記1日目(最初にして最後)によれば私のかいこは私の「くわの葉(偽)」を一口食べており、その時点を最後に死んだ。さながら白雪姫の毒りんごである。
不思議なことにその観察日記に私は、「私のあげたくわの葉はほかのくわの葉よりもずいぶん大きいようです」と、ご丁寧にアリバイを残すようなことを書いていた。

あのとき教室のそとの学級園で、クラスの子に、「くわの葉はあっちのほうに植わっているよ」と言われて、「あっちのほう」にあった葉っぱを取ってきたのだ。だけど何もあの子は、私をはめるために虚偽のくわの葉を教えたとかそういうことではなくて、私が勝手に、「あっちのほう」という漠然とした情報の中で勝手に「これがくわの葉なんだなあ」と決め付けて、それをかいこに与えたのである。

私の少女時代は一事が万事こういう感じに暗く罪悪感にさいなまれる日々でした。そして大人になった今でも、私は基本的に変わっていない。
ふつうのひとなら思い込まないことを思い込んでしまう。みんなが絶対に逃したくないと思うポイントを逃す。ふつうのひとなら絶対に間違えないことを間違える。まさかそこで間違えるひとはいないと思ってみんなびっくりするか、あるいはびっくりすらしない。(あまりにも、間違えポイントとはずれているからだ)

ビザがなかなか降りないのですが、それはきっと私がふつうのひとなら絶対にやらない間違いをしたままビザを待っているのであって、きっといつまでたっても降りることはないのかも、なんて、だんだん思い始めてしまう。
ちなみに、ビザが降りなくてもスペインに行ってしまってもいいということを今日知りました。(ただし、ビザが降り次第取りにくるために一時帰国しなければならないから、超イケてる案とも言い切れないが)大使館にパスポートを提出した時点で、そのパスポートはもう使えないものと思い込んでいたのに。

と、ネガティブなノスタルジーに染まったふうに見せかけて私はいつにも増して穏やかで満ち足りた気持ちになりながら部屋で創作活動にはげんでいます。一日でいろんなものができる。私はほんとに気持ちの変化が激しいが、最終的にどうすれば自分の心を落ち着けてあげられるのかをだいたい知っている。




Posted by イシワタマリMari Ishiwata | 21:48 | Comment [3] | TrackBack [0] | 未分類

© FC2 BLOG / ooq:blog