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祈るきもち

私が思うことは、しょせんひとはみな世界の小さな歯車であるということ。みな、自分が持って生まれたものをスタート地点にして、そこに経験を経験を経験をつみかさねていくしかない。「努力」「苦労」「怠慢」「遊び」「鍛錬」「逃げ」「謳歌」「義務」でも何でも、それが何であっても、ひとは時間と交換に経験を積み重ねていくのだと思うし、それを使って、世界を動かしていくしかないのである。生きながらにして世界を動かしていないひとはいないと思う。みんなで微量ずつ微量ずつ、世界を動かしているのだ。それを意識するかしないかの違いだけだと思う。
私が持って生まれたものは限られている。あなたが持って生まれたものも限られているだろう。それはどうしても交換はできない。でも、私たちは生きている間じゅう、自分の持っている時間をなにかの経験と交換しつづけていくことができるし、経験によって得たものを私とあなたで交換することはできるんである。それでよくない?そうやっていっしょに世界を動かしていけばよくない?歯車でよくない?私は王や神になりたいわけじゃない。
麻
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Posted by イシワタマリMari Ishiwata | 15:26 | Comment [0] | TrackBack [0] | 未分類
私はカエルに似ている

顔がカエルに似ている、と言われたんだけど、ほんとうにそれはそうだ、と思う。顔がじゃなくて、私はカエルに似ていると思う。
心がさわさわするの。
言葉にならないきもち。
自分の内側と外側との距離が、いつもやっぱり難しい。
麻
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Posted by イシワタマリMari Ishiwata | 10:35 | Comment [3] | TrackBack [0] | 未分類
