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19 2007

マゾヒスティック・カーニバル

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子どものときから、自分の首をしめることばっか自分で勝手にやってしまうのだ。

Posted by イシワタマリMari Ishiwata | 16:13 | Comment [0] | TrackBack [0] | 未分類

18 2007

ラプンツェルの髪

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私の絵はまるでラプンツェルが塔の窓から垂らしていた長い長い髪の毛のように、どうかここから出してください、私はここにいるの、というSOSだったのかもしれない。
誰でもいいからわざわざ塔のてっぺんまで髪の毛をのぼってやってきてほしかった(たったひとりの王子様という意味ではなく、誰でも皆、来たいと思ってほしかったし来てほしかった)、時間はかかったけれど、わざわざのぼってきてくれたあなたたちのおかげで私は今やっと言えるんです、「私生きているんです」「あなたたちが生きていてくれてうれしいんです」って言えるんです。
自分だけが特別だなんて思わない、ただ、「あなたはひとりでは何もできない無力でどうしようもないラプンツェルなんだよ」、と、あえて口に出してもらわなくても、私はいやというほど、自分がいかに空しくて卑しい存在なのか最初からようくわかっているんです。だから今は、どうかそんなこと言わないで。私の歌声がどんなに奇妙でも、私ひとりで歌い終えるまでそっと聞き耳をたてていてくれませんか、私はいろんなこと、ほんとはちゃんと、わかってるよ。




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Posted by イシワタマリMari Ishiwata | 22:20 | Comment [0] | TrackBack [0] | 未分類

15 2007

子どもワークショップを終えて

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子どもワークショップ「プレゼント職人ごっこ」が終わりました。やっと、個展の準備に打ち込める!

今回はかなり大成功って言えるような気がする!子どもが狂喜乱舞して熱中しまくっていたし、大人も含めみんなとても楽しそうだった。
子どもワークショップも日本で1回、インドで1回、大人ワークショップも入れれば計4回目だっていうのあるし、何度かほかのワークショップのお手伝いスタッフをしたっていうのもあるし、最近までアシスタント業務をしていた「三田の家」での経験や、大学の授業のアシスタントの経験などが、とっても活かされたような気がする。

と、いえるのはつまり、

子供って大人と全然変わらないんです。大人との付き合いが子供よりも楽だと感じるとすれば、それは「暗黙の了解」を共有しているような同種の人間同士の場合にかぎると思う。私のここ最近の経験は、ほんとうに「暗黙の了解」の通用しない異人種たちとの関係だったので、子ども以上に「!!」な状況が飛び出しまくる。子どもなんて目じゃない。と、思った。

子供が20人集まるとそれはミニ社会。「教室」にはたらく力学はちょっとおそろしくて、だけど超おもしろい。

大学生でも小学生でも幼稚園児でも社会人でもまあ同じ。「子どもが純粋・自由」というのは大嘘で、(と、いうことを、私は昨年末知った)子どもだって先入観でこりこりにこりかたまっている。でも何か作っていると、なんかそういうのがなんとなーくはずれていくんだ。
はずれやすい、という意味では「子どもが純粋」説もまちがってはいない、だけど純粋だからこそ、先入観に染まってしまうのもすぐなのだ。

だから私は自分のやっていること、やろうとしていることに確信犯的な可能性を感じた。

今回の写真もそのうちにアップできるかと思います!

あとは個展の準備にあけくれることができるさ。




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Posted by イシワタマリMari Ishiwata | 13:58 | Comment [13] | TrackBack [0] | 未分類

12 2007

ぼうやよいこだねんねしな

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今年みゆきちゃんが私のために作ってくれた「クモ」と、7年くらい前にA子ちゃんがアフリカのおみやげに買ってきてくれた「黒人のぬいぐるみ」はびっくりするほど似てる。
こういう偶然は不思議と、よくある。

私は夜がきらい。
人類のないものねだりぶりにはほとほと嫌気がさす。
自分がいったい何を求めているのかは、きっと永遠にわからない。
そうはいってもそれでも、生きてるというただそれだけの事実は、それでもあまりあるくらいの喜びだ。

私はいつも音楽をほとんど聴かないから気づかなかったことだけど、音楽ってすごいのな。言葉にならないいろんな気持ちを、思い出させて私を揺さぶる。最近やっと知った。絵も音楽みたいになるように、私はずっと祈っている。



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Posted by イシワタマリMari Ishiwata | 00:43 | Comment [0] | TrackBack [0] | 未分類

09 2007

涙は真珠

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この世に言葉がなければいいね





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Posted by イシワタマリMari Ishiwata | 23:04 | Comment [0] | TrackBack [0] | 未分類

08 2007

祈るきもち

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私が思うことは、しょせんひとはみな世界の小さな歯車であるということ。みな、自分が持って生まれたものをスタート地点にして、そこに経験を経験を経験をつみかさねていくしかない。「努力」「苦労」「怠慢」「遊び」「鍛錬」「逃げ」「謳歌」「義務」でも何でも、それが何であっても、ひとは時間と交換に経験を積み重ねていくのだと思うし、それを使って、世界を動かしていくしかないのである。生きながらにして世界を動かしていないひとはいないと思う。みんなで微量ずつ微量ずつ、世界を動かしているのだ。それを意識するかしないかの違いだけだと思う。
私が持って生まれたものは限られている。あなたが持って生まれたものも限られているだろう。それはどうしても交換はできない。でも、私たちは生きている間じゅう、自分の持っている時間をなにかの経験と交換しつづけていくことができるし、経験によって得たものを私とあなたで交換することはできるんである。それでよくない?そうやっていっしょに世界を動かしていけばよくない?歯車でよくない?私は王や神になりたいわけじゃない。




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Posted by イシワタマリMari Ishiwata | 15:26 | Comment [0] | TrackBack [0] | 未分類

08 2007

私はカエルに似ている

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顔がカエルに似ている、と言われたんだけど、ほんとうにそれはそうだ、と思う。顔がじゃなくて、私はカエルに似ていると思う。

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心がさわさわするの。
言葉にならないきもち。
自分の内側と外側との距離が、いつもやっぱり難しい。



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Posted by イシワタマリMari Ishiwata | 10:35 | Comment [3] | TrackBack [0] | 未分類

06 2007

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ひとにはひとの苦労がある。
ひとにはひとの努力がある。
あなたは私の苦しみを知らない。私はあなたの苦しみを知らない。
それでいい、それがいい





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Posted by イシワタマリMari Ishiwata | 02:26 | Comment [4] | TrackBack [0] | 未分類

05 2007

つながるばしょ

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この世でいちばん孤独なひとを
見つけて
ひろって
呼吸をおしえて
だいじょうぶだよといって
そしてほうりだす。

私のいとなみはこれでもいいんですか。



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Posted by イシワタマリMari Ishiwata | 01:58 | Comment [0] | TrackBack [0] | 未分類

02 2007

旅のつづき

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演じてる、隠してるし、嘘ついてる、みんな。みんな。
だけど、そういう真実もあるんだ、そういうもんなんだろう、私にもやっとだんだんそれがわかってきたよ、演じることが隠すことが嘘つくことが悪いわけじゃなくて、それも優しさで、それも正しさなんだ。それが社会なのだ、きっとそうだ。

楽しそうに見えるひとだけが楽しくて、苦しそうに見えるひとだけが苦しいわけじゃないってこと。みんな、いろんなふりをしている。それはいけないことってわけではない。

私は「ショコラ」に出てくる魔法を持った未婚の母。おせっかいな女、みんなの心の中にどかどか土足て入っていって、かき乱して去っていく。転々として、ひとつのところにじっとしていられない。・・・「ショコラ」、8年くらい前に見てとても気に入っていた映画だけど、今あらためて見るとなかなかにアメリカナイズされたディズニーライクな勧善懲悪ハッピーエンド映画ではないか!本質が描かれていない、エキゾチックな骨抜きである。あの頃は私もそういうの好きだったんだね・・・

ともあれ

過ぎたことはしかたないので

べつにあんまり気にしないのだ。

私の前歯はとがっているから、噛み付かれるときっと痛い。私がいなくなればいいって思ったひともいるだろうし、いなくならないでほしいって思ったひともいるだろう、いろんなひとがいたと思うけど、私はいつもいなくなる。いつもやるだけやって嵐のように去っていくんだな私は北風とともにね。
ごめんね。

今までずっと自分でも自分を責めて生きてきたんだけど

今はもう諦めたのよ、
やっぱり今のところそれが私なのだ

ひとつのところにじっとしていられない。

だって私生きてるんだもの。朝起きたらべつの人生が始まる。ひとつの区切りが終わったら、また別の場所へ出かけていくのよ。

あのひともまた間違ってるし間違ってない、それと同じで私も間違いが多すぎるけど必ずしも間違いではないんです。

ぼくたちはみんなひとりぼっちなんだ、だけどだからだれもほんとうにはひとりぼっちじゃないんだろうよ。

今がずっと続けばいいのにと思う、だけどはやく終わればいいのにと思う。時間はぜったいに止められない、それをいちばん感じるのは桜が満開になったときだ。


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Posted by イシワタマリMari Ishiwata | 23:08 | Comment [0] | TrackBack [0] | 未分類

01 2007

太陽と月とどうぶつ

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私のわるいところは両立できると思ってしまうところ、それが私のわるいくせ。
そして私はぜったいに両立できない。2項でてくるとパニックにおちいる。
私は無力、だれよりも無力、なにもほっとけない、全部首つっこんで全部失敗だいなし、なにもそつなくこなせない。
昼も夜も輝いていられる動物に憧れる、だけど夕暮れあたりでパニック動物往復けもの道なのだ。太陽と月のはざまでいつも悩む、両方はむり、どっちか決めないとむり、ふたつのことを同時にはこなせない。

Digame porque no.
Digame que quiero hacer.
Digame, mi mi mi mi



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Posted by イシワタマリMari Ishiwata | 00:50 | Comment [0] | TrackBack [0] | 未分類

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