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いのちが丸出しな感じ

幼いころからずっと欲しかったもの
それはきっと「生活感」だった。
生活が/人生が/いのちが丸出しな感じ。
(日本語はむずかしい、「生活」と「人生」と「いのち」、ぜんぶひとつの単語(「life」とか「vida」とか)でいっぺんに表せると助かるんだけど・・・。)
私の育った環境は、
きれいに手入れされた庭がついた建売の一戸建てがいっぱい並んでる郊外の町で、商店街もなく、何もなかった。そして私はその一戸建ての大群のうちのひとつの家から、電車に乗って学校に通っていたの。
紺の制服を着て、1時間ほどかけて電車とスクールバスに乗って、女の子だけの学校に通っていたの。
友達同士の家が遠いから友達の家に「突然」遊びに行ったことなんてないし、「突然」来たこともない。遊びに行くのは特別な日だけなので、友達の「ふだんの生活」はよく知らない。
みんな
いつもよそゆきだった。
みんな
いつも
きれいで、きちんとしていた。
私も、
きれいで、きちんとしていた。
「お受験」の日、みんなで好きに遊んでいい時間があって、(つまり、しつけられた子どもたちがふいに本性を出してしまう時間。)私は夢中に黒板に絵を描きまくっていた。チョークの粉だらけになって出てきた私を見て、母は「あ、落ちたな。」と思ったらしい。
幸か不幸か母の予想に反して合格していた私は、その日からキリスト教教育の申し子となって良い子まっしぐらの生活を送った。「神さまがいつも見ているから」、悪いことができなかった。
私は誰よりもそっせんして良い子さんだったんだけど、もちろんそれは「子ども社会」的にはそれはそれで逆に浮いてた。
とはいえ、
みんな、きれいできちんとしていた。
図工の時間にスモッグが絵の具だらけだったのは私ととがちゃんだけだった。みんな、スモッグさえも汚れていなかった。私のスモッグを見て母は「恥ずかしいわねえ」と言っていた。「わざとスモッグに描いてるんじゃないの?」と。(とがちゃんは逆ギレ。「じゃあおまえら何のためにスモッグ着とるんじゃ!」と。でも私はというと逆ギレするという自由な発想さえ持っていなかった気がする。)
おしゃれをすることは罪悪だと思ってた。(気がする。)「お受験」に際し、私は腰まで伸びていたかわいい髪の毛をばっさり切られて戦時中の子どもみたいになって、泣きそうにショックだったけど、やがて小学校に入ると、そんな子どもじみた感覚、かわいい女の子でいたいなどという感覚が非常にばからしい罪悪だと思うようになった。
2年生くらいで、遠足の日にちょっとしゃれたデザインのファンシーなTシャツ(といってもスーパーマーケットレベルの)を着ていると「せんせー、いしわたさんがおしゃれしてますー」とか言われた気がする。「これのどこがおしゃれなんだ」と先生は言ったけど、私は「そうか、まずいことをしたな」って思った。それから中学生になっても、「おしゃれをするのは恥ずかしい」という気持ちはけっこう消えなかった。だから眉毛のかたちを変える勇気はなかったです。まわりに変化を見られるのがこわかったから。ある日なんとなく、脚のもさもさしたすね毛を剃ったけど、「剃ってるの?」とクラスメイトに聞かれて「剃ってない」とうそついた。
ちなみに
ふざけることもできなかった。「子ども社会」においては、(さすがの私立の女子校といえども)やっぱりおもしろくてみんなを笑わせる子が人気があるんだけど、私はふざけることもまた、おそろしくくだらないことだと思っていた。(気がする。)たまに、しかたなく周りに合わせてふざけているふりをしても、だいたい想像つくように、学級委員の良い子さんがふざけて見せたところで得てしてだいたいおもしろくない。
要するに
最悪だった。
要するに、
私は控えめというよりはむかつくぐらいいばりんぼうの学級委員の良い子さんで、かつふざけることもできない肩に力の入りまくった子どもだったんだけど、にもかかわらずきれいできちんとしたこともまた好きじゃなかった。そんな最悪の私にいったい何ができたんだろうと思い返してみても空恐ろしくてしかたありません。唯一私が無意識になれたときが絵を描いているときだったんだと思う。無意識に、私が私のいのちを丸出しにできたとき。
それ以外はきっと、いつもずっと誰かの目が私を見ていて、いのちを丸出しにするのはすごく恥ずかしいこと、ばからしいこと、くだらないことだと思っていた。
あの頃から持ち続けている言いようのないあの気持ちについて、今やっと、どうしたらいいのかわかり始めているのだと思う。
生活を/人生を/いのちを丸出しにして、他人と、友達と、家族とかかわること。丸出しにするための助けとして、「絵を描く魔法」を使うこと。
麻
http://homepage2.nifty.com/ishiwatamari/200506/6ikko.htm
Posted by イシワタマリMari Ishiwata | 23:56 | Comment [2] | TrackBack [1] | 未分類
photos have updated!

http://homepage2.nifty.com/ishiwatamari/_061202_sutekina.htm
↑↑↑
2 Deceember 2006
「すてきなことの日〜まりちゃんとお絵描きカレー〜」
(子どものためのお絵描きワークショップとライブペインティングパフォーマンス)の写真をアップしました。
麻
Posted by イシワタマリMari Ishiwata | 23:53 | Comment [0] | TrackBack [0] | 未分類
suger is the only 1 drug that I know

砂糖ってどうしてこんなにおいしいんだろうか。
甘いもの食べ出すと止まらない、これは女性ホルモンと関係あるのかどうか教えてください。
食べ過ぎて頭いたくなってくるんだけどまだ食べたい。
去年は病気を治そうとするためにほんとにがまんしていたのに。(甘いものどころかお酒も米もパンもパスタもじゃがいももがまんしていたのに。)
やっぱりもとにもどっちゃうんだねえ。
すべてのジャンクフードにも砂糖が入っているんだよ、こわいわねえ。
★お菓子についての注意
たいていの外国人は日本料理を全般的に喜びますが、その延長のつもりで和菓子を与えるとたいてい全然喜びません。気をつけてください!
私たちにとってこんなに美味しいものを、まさか喜ばないなんて、そんなことがあるなんて思いつきもしないんだけど、たぶんこれ本当。
そこで母といっしょに考えてみたんですが、考えてみれば人間ってみんな「外国のお菓子」がそれほど好きじゃないかもね。私たちはケーキとか好きですが、西洋からもってきたお菓子を日本風の味にアレンジしたケーキ(私たちがいつも食べてるケーキ)がいちばん好きな気がする。
どう思う?(「チョコレート」だけは別かなあ?)
「外国の料理」はけっこうみんな好きなのに、不思議ですね。
そして考えてみたんですが、「甘さ」についての嗜好というのはただの経験知でしかないのかもしれません。みんな、甘さに関しては自分の経験で得とくしたものがいちばん自分にとっておいしい気がする。自分の知っている甘さと違う甘さを与えられても、「んーまあね(自分の知ってるやつのほうがおいしい)」って程度の反応しかしない気がする。
どう思う?
この考えは恋愛に関する嗜好にも応用できるかもしれないよねえ、んー人間っておもしろいねえ。
麻
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Posted by イシワタマリMari Ishiwata | 16:08 | Comment [0] | TrackBack [0] | 未分類
世界の車窓の女たちから

1 女asピアノの黒けん
ピアノの鍵盤みたいなもの
もし全部白だったら変なんで、ところどころに黒があることは必要なんだけど、でも黒は視界のすみの飾りなの。基本的にはピアノは白を見て弾くのだ。
1.5 さよならハニー
さよなら
さよならハニー
2 弱者の勝ち
子ども−おとな
部下−上司
生徒−先生
びんぼう−金もち
醜−美
家来−主人
「障害者」−「健常者」
女−男
3 マリーアントワネットasアーティスト
慣習 慣習
時代 時代
流れ ゆっくり ゆっくり ゆっくり 変化
崩壊 突然 (匿名)
大群 簡単
視線 視線 視線 視線 視線 簡単
簡単
匿名
仮面
懐妊
女 女 義務 誘惑 仕事
女 存在 意義 道具 女
女 仕事
女
過去を現在を未来を歴史を社会を文化を時代を運ぶのはいつも匿名の大衆。少数の大きな有名な巨人たち(アーティストたち?)は道しるべのようにその間あいだに立っているだけ。
か
も
麻
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Posted by イシワタマリMari Ishiwata | 02:41 | Comment [0] | TrackBack [0] | 未分類
インタビューウィズヴァンパイア

わかりきったことを力説されること
納得できない脈絡の中に私の存在が取り込まれて理論づけられること
私の一側面を受け取られて都合のいい私像を作られてしまうこと
最近そういうことがものすごく多くて
けれども
そのひとたちのことを決して嫌いではないのだ。むしろ好きでもある。好きだからこそ、そのひとたちの「そうしてしまうこと」を咎める気にはなれない。自分が種をまいているからそうなっているにもかかわらず、その状況にうんざりしてしまっている自分に疲れる。
たぶんそういう理由で疲れる。そういう理由で寝込んだ。
こういうときに思うことは、言葉なんてファックだ、言葉なんて要らない、黙れ、もうしゃべりたくないの!
言葉にしなきゃわかんないことももちろんあるんだけど、今の私には、だいたいが、言葉にしなくてもわかるの。
「中央改札口は階段上って右だよ」とか「今日は11時頃帰るよ」とかはもちろん言葉で教えてもらいたいです。でもそういう情報だけでいいです。
今の私には言葉にしなくても(しないほうが)わかるの。自分が他人の鏡になっているからだ。
そう言いながらも私自身が言葉をしゃべっているのは、そうしないと他人の言葉にほんとうに飲み込まれてしまうからなんだと思う。とくに今は。今は全員黙るのが願い。でも
誰も黙らないからけっきょくしゃべり合戦になっちゃうんだろうよね。
そういう「勝負」みたいな感じはやめにしないといけないな。静かになりたい
でも今夜も他人の言葉を聞きに出かける。修行だ。
だけどねこうやって他人の言葉に飲まれて発熱しながら「やめてくれ」と叫びながらも、その言葉の中にはけっこう私の知らない答えも入ってたりするのが事実なんだよ
うんざりしつつも、「わかってるのに」と思いつつも、ほんとうはわかっていなかったことがクリアになっていたりもするんだよ。
そういうわけでやめられない。
そういうわけで修行が続くのよ
バランスの問題だね。
麻
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Posted by イシワタマリMari Ishiwata | 13:08 | Comment [0] | TrackBack [0] | 未分類
こうもり


こうもりなの。
この世はミステリー。
楽しいんだけど、
自分のエネルギーが足りないと楽しみきれない。
昨日と今日は、自分の元来の風邪スタイルと違う風邪ひいた。風邪っつうより邪気がついた感じかもしれん。ちかごろ自分のエネルギーを発散しすぎたかもしれん。いろんな人に会いすぎて(そうでもないかな)
ああ最近、例の「霊媒体質」に自分が近づいているのだろうか。前はもっと自分が自分だけの孤独な世界に生きていて、誰にも邪魔されてなかったと思う。
最近、人のエネルギーにからだがのっとられている傾向があるかもしれん。なので、いろんな種類のひとに会うとすっげえ疲れてしまうかもしれん。
どうしたものか。
子どもの頃から魔女になりたいと思っていたのだが、案外魔女の道もラクではないのだろう。2年くらい前にある人から、「あなたはだんだん白魔女っぽくなると思う」みたいなこと言われたんだよねえ。そのときはすんげえ嬉しかったんだけど、
もしかすると、
ほんとうに、
なるのか。
最近「オーラの泉」であのふたりが言うことにけっこう「ああやっぱりね私もそう思った」とか思うんだけど・・・
それは気のせいかしら。みんなそう思ってんのかしら。
言葉にはならないんだけど(オーラが何色とか前世が何とかはわからないんだけど)なんとなく人の中身がなんとなくわかる。
それって普通?
理由はないんだけど気になる人とかはだいたいそれ相応の理由が(後になって)わかる。
それって普通?
いやあ・・・いいんだか悪いんだか知らんけど・・・
それはそうと最近
夜うなされている。ヤクザ(マツジュン)に追いかけられて何度も打たれる夢とか、昨日も、けものに血を吸われて頬がこける夢を見た。
問題は、そうなっても死なないってことで、話が終わらない。なんか昨日の夢はけものとの格闘がたいへんだった気がする。血みどろだった。死体を運んだり、生き返ったり、(違ったかな)
とにかく私は狙われている。
でもヤクザのときも吸血鬼のときも、すてきな恋人が私の味方なのだ。そのひとがひとりいるのだ。私を命からがら守ってくれる人が。
そこも今までにあまりない夢のパターン。
すてきな恋人・・・。
とは・・・。
麻
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Posted by イシワタマリMari Ishiwata | 21:33 | Comment [0] | TrackBack [0] | 未分類
おしごと

たまに切望することは
・足が車になること(帰り道歩くのがめんどくさくなってきたとき)
・全身を毛皮におおわれること
・女でも男でもなくなること
先週は出ずっぱりだったので、今の私にはエネルギーチャージが必要です。ひきこもって絵を描いたほうがよさそうよ。
麻
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Posted by イシワタマリMari Ishiwata | 23:35 | Comment [0] | TrackBack [0] | 未分類
すきまの谷間のあいだの中に

まじかよーもう誰も信じられねーな
と思ったりもしつつ、
そもそも誰のことももともと信じてなどいない、という私本来のはたらきを思い出す。信じなければ、裏切られもしないのだ。
もちろん人を信頼することは大切なことだと思う。だけど、人が自分の思ったとおりの人だと思い込むっていう意味の「信じる」って、いうのは、ただの自分勝手だと思うの。「裏切られた気持ち」というのはとても傲慢だと思う。人にはもちろんいろんな面があり、いくとおりもの真実を内包しているの、だから、誰だってその全てを知っているわけじゃないんだから、勝手に「裏切られた」と思うのはおかどちがいだと思うのね。
だからいつも新鮮な驚きを楽しく受け止めなければならないよなあミステリーミステリー、ほっほっほ。と思う。思うように努める。
だいじなのは自分が自分を裏切らないこと。自分の心のなかにやましいことがないように、自分の中で誠実でいるように。そして人にも誠実でいるように。自分の中にしっかりとした骨が一本入っていれば、いろんなことがあって好かれたり嫌われたり勘違いされたりしても、時間が解決すると思う。そうしよう。そうするように努める。
麻
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Posted by イシワタマリMari Ishiwata | 11:42 | Comment [0] | TrackBack [0] | 未分類
万歳日本酒

ひさしぶりに二日酔いです。
なんてひさしぶりなのか。
でも悪くないです。
2006夏秋は禁欲禁酒ダイエットでしたから、まあたまにはこんなのも・・・千鳥足だったよね昨晩は。
私は渋谷が好きですよ。
日本酒も好きです。
友達の働く姿も好きでした。
鉄コン筋クリートをみんな見てくださいね!
すーっごく最高でしたから。
えーっこんな日記微妙
麻
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Posted by イシワタマリMari Ishiwata | 23:16 | Comment [0] | TrackBack [0] | 未分類
走る馬たちの灯

最近・・・
いろんなことが走馬灯のようにかけめぐっているんですけど死ぬんでしょうか。
という問いが頭をよぎるが縁起が悪いので言わないでおこう。
と思ったんだけど王様の耳はロバの耳的に、言わないでおくとよけい深く考えてしまいそうだから言ってみました。
こういうことを言うのは大切な人たちにとっても失礼なんだけど、死んでも悔いはないです。
Dream as if you'll live forever.
Live as if you'll die today.
ジェームスディーンの言葉だって。You know.
最近・・・
「生きてるんだな生きてるんだな生きてるってすごいな!」
っていう気持ちに興奮して
なんか楽しすぎてだいじょうぶだろうかという気持ちになることが多くて
意味もなく興奮しすぎて疲れることもけっこうよくあったし
実際うまくいきすぎなんじゃないかと思うくらいうまくいくことが多くて、縁(えん)の魔法のちからが絶大だったりして、自分の魔力も冴え渡ってたりして
しかし
今日はなんだか意味もなくしゅんとしていた。意味もなくけだるくて眠かったりして、白むらさきっぽいグレーのきもち。
なんだか・・・
まあそういうこともあるよね。
魔法が風邪をひいたんだろうか
白むらさきっぽいグレーの上から景気づけに黄色を塗ってみたけど。
そうそう、最近部屋がついにきれいになったので、風水を信用しはじめてみました!
「あなたの部屋はあなたの心の表れ」
ってね!
今までの部屋のどろぼう級のきたなさのことは棚にあげてっていうか実際あれは心の表れだったと思うんですけど、心を入れ替えてね。
部屋の風水といえばやはり西に黄色だよね。置いてるよ、黄色い段ボール箱つみかさねた上に黄色い顔のくまのプーとか黄色い花とか黄色い絵の具とかはさみとかペンとか阪神タイガースのメガホンとか。
一応それなりに間違ってない方角に赤とか青とかピンクもある。まあ、私はもともと色色の色が大好きなので、正直、風水どころじゃないくらい部屋中が色のカオスなんだけど・・・
でもそういえば最近運気がぜったいあがっているのは風水のせいなのか・・・
そうだったのか・・・・もしれない
麻
http://homepage2.nifty.com/ishiwatamari/2002_mainitinokakera_JAP.htm
Posted by イシワタマリMari Ishiwata | 22:47 | Comment [0] | TrackBack [0] | 未分類
メタモルフォーゼ

誰にでも、自分以外の誰かの人生をちょこっと変える力があると思う。いい変えかたとは限らないし、わざとのこととも限らないんだが。
自分の中にあるその力を信じることが、私の生きがいなのかもしれない。
意外な事実だが
セックスは
相手を見なくてもできる。
日常生活の他人とのどんなかかわりも、
相手を見てなくても案外できる。
のだ。
しかしながら私は、いつも相手をよく見よう。人生のどの瞬間も、相手のことをまっすぐに見よう。と、思う。
Le nombre de mi abuela es Maki, "Un diez mil de jubilos". Decido una des mis metas; convertir ella en cerca de su nombre. Transformar su vida.
麻
http://homepage2.nifty.com/ishiwatamari/2006_metamorphose.htm
Posted by イシワタマリMari Ishiwata | 09:30 | Comment [0] | TrackBack [0] | 未分類
お正月のテレビ

オーラの泉っていい番組だなあー
いんちきのH木K子さんとは月とすっぽんだよね、月とすっぽんってこういうときに使うんだよねえ!
テレビ=見てて悲しくなるプロパガンダ、とか決め付けてしまうのはよくないね。反省しよう ほんとうに芸術的なお笑いの文化を伝えるM1グランプリみたいな番組も好きだし、(ほんとうのお笑いは芸術だと思う、芸人の芸は芸術の芸だよねえ!ここにも月のひととすっぽんのひとがいるけど)
そうやって考えるとやっぱりけっきょくテレビも大切だな
などと考える正月
麻
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Posted by イシワタマリMari Ishiwata | 21:05 | Comment [0] | TrackBack [0] | 未分類
いのししの抱負

猪突猛進
いい言葉だねえ。
私はいのしし年です。
中国では、いのしし年じゃなくてぶた年なんだって。
それは知ってたんだけど、ぶた年の今ごろの季節(=旧正月前)に生まれたひとは、純ぶたじゃなくて、「犬のしっぽ・ぶたの頭」というんだって。
おもしろいねえ。
さて、今年の抱負的なものを考えてみようかな。
リラックスすること。
自分の物語を受け止めること、楽しむこと。
(=それは自分の人格的欠点や弱点、経験、出身、家族親戚、など、すべてのもちものを丁寧に見つめて愛そうとするってことを含めて。)
大切なものをはっきりさせて、大切なものを大切にすること。
でしょうか。
とにかく、楽しむこと!
だな。
ふにゃっと楽しむこと!
あとはただ猛進!
麻
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Posted by イシワタマリMari Ishiwata | 23:52 | Comment [0] | TrackBack [0] | 未分類
あけましておめでとうございます

おめでとうございます。
2006年は素敵な1年をありがとうございました。
今年もよろしくお願いします。
よろしくっていったい何なんだろうかね?
みなさまにとって素敵な年になることをお祈りしています。
ほんとうに、素敵な1年になるといいです。
この年越しは・・・例年どおり家族と過ごしましたが風邪をひきました。なんだか出だし不調、新年のごあいさつがほとんどできていなくって、無礼をお許しください。ちょっと冴えない。年女です。
2007になってしまいました。
という感じ。
将来が現実になってしまったという感じ。
今年は日本を離れる予定です。
大好きな人たちとの当たり前の日常から離れていく予定です。
その将来がついに現実として近づいているという感じだよ。
麻
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Posted by イシワタマリMari Ishiwata | 17:04 | Comment [2] | TrackBack [0] | 未分類
