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24 2006

SUSHI BARと月の輪グマ

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今日は用事を済ませてさっさと家に帰ろうと思っていたのに、会いたかった友人に道でばったり出会った。会いたい人との遭遇はほんとにすごい偶然のハーモニー。偶然は今日も私の見方だった。

なんだかまるで会う約束をしていたみたいに当たり前な風情だったので、SUSHI BARに連れて行ってもらうことになりました。

このひとは私の好きな私を自然に引き出しから連れ出してくれる。ああだからやっぱり、偶然は私の見方。このひとと私は、なんとなくシンパシーでつながっている。それは私よりもずいぶん年上のこのひとのパワーによるところが大きいけれど。

私はこのひとといっしょにご飯を食べていると、口に出して確認したかったことを、2度目や3度目かもしれないのに口にして、それで安心する。安心するだけでなく、それによって勝手に答えまで導き出してしまう。聞きじょうずとはこのこと。

スムーズにいろいろな懸案事項が答えを出した。それはとても自然で、とても安心する答えだった。ねえほんとに、偶然は見方。ああ私はずっと、このひとみたいにごくごく自然に私を導いてくれるひととの偶然に、身をゆだねて生きて行こうと思う。そうするとなんとかなると思う。

いいことやイマイチなこと、いろんなことが今日確認された。
よろしい、また私は明日に向かって走っていくことができそうです、ぱかぱか。

それとは無関係にいま、自分が全然好むと好まざるとに関わらず勉強しなくてはいけないことを勉強している自分がいる。望まないタスクなんです。自分の守るべきチャンネルを、そのタスクたちが侵略するのではないかと、やきもきしたりする日もあったり、あまりにも苦痛だと感じる日もあるんだけど、けっきょくのところ、その勉強は私を豊かにしていると思う。望んで取り組むことばかりが自分の糧になるわけではないのだ。もう少し、続けてみようと思う。

今日は偶然にもいろいろな気持ちいい答えが出たので。
だいじょうぶ、迷うことはぜんぜんない。
私は毎日生きてこうっと。



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Posted by イシワタマリMari Ishiwata | 23:50 | Comment [0] | TrackBack [0] | 未分類

24 2006

空想のなかのりんご

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私の中にはいくつかのチャンネルがある。
いくつものチャンネルを持っていないとだめなのが私でもあるけど

たとえばほんとは今などは
今日も明日もあさっても、ずっとこのままにしておきたい。
バランスは難しい。
私はいつだって、どこにいても自分だけがエイリアンの気持ちで
どこにいても、百発百中、ぜったい自分はそこの星のひとじゃ無い。
だけどいろんな世界に行ってみては、そこに居る自分にチャンネルを合わせる。

それはそうとしても、
やはり、
環境の変化に応じてだんだんと自分が変化しているのがわかる。
とりあえず歩いてみて、ふと振り返ると、ちょっと前の自分がすごく遠い遠いところにチロチロしてる。
けっこう変わったな。
同じようにチャンネルをチコチコしてるつもりでも、
ちょっとずつちょっとずつずれていってる。
自分がいつか突拍子もなく遠いところへ行ってしまうんではないかって、
いつのまにか気づいたらそのチャンネルにチューニングを合わせられなくなってしまうんじゃないかって
けっこう以前からなんだけど、よく不安になってしまう。
変化が好きだけど変化がこわく、
多チャンネルが好きだけどそれがこわい。

空想のなかのりんご

もし
そんなとき
チャンネルを変える魔法のりんごがあったとしたら
それを食べない理由は何なんだろう?
説明がつかない、でも現段階で
私はそのりんごを食べたくない。
自分の力を過信しているのか、おこがましいのかもしれなくても、
私はりんごの力を借りずに自分の力で自分を操縦したい。
もともとアダムとイブがりんごを食べたのがことの発端だとしたら、
みんな2度目のりんごを食べてアダムとイブに戻ってるんだと思う。
そう考えれば悪くないどころか神々しくすらもあり、
仮にそれがいけないことだとして
いけなさを説明する言葉が私にはみつからない。

だけど私は
頭の中のそういうところは極めてシンプルでミニマルでクリアなのである。ひとはけっきょくただただ貪欲なのだということを知っている。
きっと誰だっていつでも、自分の気持ちが次のステージに行くことを望んでいる。
だけど、たとえ物の力を借りて次へ進んでも、
けっきょく心はずっと満たされない。
もっと幸せになりたくて、
もっとすばらしくなりたくて、
もっと先へ、もっと先へ行こうって思っても、
行ったつもりでも、
けっきょく心は満たされない。
心はただただエスカレートして、のろいみたいに振り出しに戻るだけなの!

なんだか、

その悪循環の図が見えて、図だけが見えてしまって、
だからけっきょく、
私はそのステージに行きたくならない。
幸せにも痛みにも美しさにも標準はなくて、それは各自の体内の目盛りで決めることでしょう。それなら自分のなかの目盛りを動かしたくない。

私が金色と思っているものは、ほかの人の目にはどんなふうに映っているんだろう?
美しいと思っているものは?
美味しいと思っているものの味は?
気持ちいいと思っているものの気持ちよさは?

そういうのって絶対に、誰とも分け合えない。
自分を辞めるまでできないことで、自分を辞めたらそれもまたできない。
みんなみんな、自分のチャンネルと自分の目盛りでやりくりしていくだけなのよ。

それなら、みんなが特別だと思ってるりんごのチャンネルが数字で10なら、私はりんごを食べない普段の自力で10まで行ってみせる。


私は哲学がきらいなの。
ねえソフィー。
堂々巡りなことつべこべ考えるのはきらいなのに。

Posted by イシワタマリMari Ishiwata | 03:18 | Comment [0] | TrackBack [0] | 未分類

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