ishiwatamarimarimariishiwatta
Think of it

パニック発症
そしてひとに相談することで治まる。
そして母に別の意見を言われてまたパニックになる。
あと2週間経ったらビザが無くてもなにがなんでもスペインに行こう。
バネッサ・・・
わがスペインの友&保護者たち。
思えば1年以上顔をあわせていないのだ。遠距離恋愛として考えてみると、よくぞがんばった。とにかく会ったほうがいい。
私がここまで日本に居続けたのは、私のこころが日本にあるからだった。問題はビザではない。
スペインは遠かった。まるで遠い幻のようだった。今年の上半期くらいまで私のこころはずっとスペインにあったのに、今さらになって日本の生活を離れることが現実味を持たなくなってきたのだった。だから仕方ないね。今やっとついに私のこころはスペインに行った。時間がかかった、不器用だな。私の計画性のなさをこれ以上責めないでね、父母。
こころの予定はいつも読めないね。
「考えが甘い」
「心配」
「自分だったらもっと万全に調べて準備をするし、絶対そんな失敗はしない」
そう口にする父母が悪いわけじゃなくて、私のこころの問題だ。これまで人生の大事な岐路にたったとき、いつも父母が私を導いてくれて、その結果いつも私がひとりで考えたことよりも正しい方向へ向かったみたいだったから、だから私はいつも思っていたの、「私は考えが甘い」「私はけっきょくひとりでは何もできない」と。
だけどこれは私のこころの問題だ。今この瞬間だってこの思いが私をとらえてたまらないけれど、それでも私は私のやり方で生きるのだ。それこそが今いちばん重要なことだから。
Remember what you swore when you made 3 piercing holes.
Remember, in 2006, the 23rd birthday in Spain was the important changing point in my life.
最近小説を読んでいいことを学んだの、自責の念やネガティブシンキングがループし始めたら、自分にこう言うのだ。
「あら、またあなたはそんなことを考えているの?じゃあどうぞ、ご自由に。私はもっとたいせつなことに時間を使うから。」パウロ・コエーリョの『11分間』から。
最近私は自分の名前が好きだ。この名前をつけてくれた両親のことも好きだ。単純に言って、好きだ。
あと、最近思うことは、好きなひとたちに対して素直になってなりすぎることはないのかもしれないっていうことだ。友達にたいせつだと言ってみたし、ありがとうと言ってみた。母に好きだと言ってみたし、ありがとうと言ってみた。
麻
Posted by イシワタマリMari Ishiwata | 20:35 | Comment [2] | TrackBack [0] | 未分類
メメントモリ
Posted by イシワタマリMari Ishiwata | 22:22 | Comment [2] | TrackBack [0] | 未分類
それはほんとう

人はみんなじぶんのことでせいいっぱい。
それはいいことでもわるいことでもなくて。
ふたごはあいてがかなしいときにかなしい。
あいてが痛いときに痛い。
傷をなめあう生き別れのふたご。
あいてがかわいそうなのがかなしいは、それと同じくらいじぶんもかわいそうでかなしいからだ。
じぶんがかなしいときにあいてもかなしいと、なんだか、まるで、絆がふかまったみたいに錯覚してしまうのだから、
まったく、
この世のなにもかも、きっと錯覚なのだ。
と
、
い
う
の
は
う
そ
で
、
人はみんな、じぶんを大事に思うのと同じくらいにだれかの存在を大事に思っている。
ふたごはあいてがかなしいときにかなしい。
あいてがうれしいときにうれしい。
人生をわかちあう生き別れのふたご。
あいての成長がうれしいのは、じぶんも生きたい、成長したいと思えるからだ。
じぶんがうれしくてたまらないときにあいてもうれしくてたまらないようすだと、なんだか、その偶然の縁の存在を確かに信じられる。そして心が強くなれるのだ。
この世のなにもかも、もしかすると錯覚なのかもしれないとしても、だけど自分の心さえ強ければ、なにもかもがほんとうなのだ。
麻
Posted by イシワタマリMari Ishiwata | 21:12 | Comment [0] | TrackBack [0] | 未分類
おじいちゃま

どんなに望んでもなれない、
どんなにがんばってもできない、
どんなにわかりたくてもわからない、
と、いうものの存在を認めることは素敵だと思う。
小手先でできてしまうこと、なんとはなしにわかった気になってしまうこと、それはたぶん惰性だと思う。
できない苦しさとか、わからない不安さとか気持ち悪さとか。「思い描く理想」と「現実」のすきまにこそ、「ほんとう」があると思う。そうでなければ、私たちが今ここに生きている意味もないしこわいしおかしいと思う。そうでなければ、生きものには魅力がないと思う。
80歳になった祖父にとって
私という孫の存在がどんなにたいせつな宝物なのか私は知っている。長いあいだ知らされ続けている。
だけど祖父はいつも私の描く絵を、着ている服を、していることを、異界のものを見るような不安な目つきでおそるおそる見ては、「わからない」「わからない」「もっとわかりやすい風景や植物を描いてくれればいいのに・・・」と言っていた。
たぶん
がんばってもこんなふうにする以外できなかった私も苦しかったけど、私が苦しかったのと同じように祖父も苦しかったと思う。愛する相手との共通言語がないこと、核心をそらしてしか会話できないことが。私のことがわからなくて、わかりたくてもどうしたらよいのか、どこにその入り口があるのか、それさえもわからなかったんだと思う。
祖父が「今までごめんね」と言ってくれて、私のことを少しでもわかろうと勉強し始めた。80年も生きてきて見たことのなかった世界を覗こうとするのは、たぶん、不安で疲れてそわそわしてショックだと思う。
だけどもしかすると新しい喜びだと思う。
自分が生きていて、自分の娘のそのまた娘が生きているっていう現実は、祖父にとって、そういう喜びな気がする。
祖父が生きててうれしいな、私も生きててうれしい。
私には私という1人に対して(厳密には私と妹という2人に対して)10人の保護者がいて、10人のそれぞれ別の世界があって、私にはやっと、それぞれの世界のほんとうの姿が見えてきたんだ。
少しずつ。
麻
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Posted by イシワタマリMari Ishiwata | 14:45 | Comment [0] | TrackBack [0] | 未分類
ロンの家の物語

イシワタ語でロンのおじいちゃま・ロンのおばあちゃま、というのは、両方の祖父母のうちロン(犬)がいるほう、という意味の幼児語。(ちなみに対語は「みっこちゃんのおじいちゃま・おばあちゃま」「みっこちゃん」は叔母。)
ちなみにロンは15年近く前に不慮の迷子でいなくなってしまったんだけど、いまだに「ロンのうち」という呼び名は健在なのである。
ちなみに、「ロン」とかいうとかわいいけど、ヤス(ヤスオ)という名前の祖父が、「ロンとヤス」(昔の日米仲良し首脳コンビ、レーガン大統領と中曽根総理)にちなんで名づけたのであって、つまるところ米国を犬よばわりして優越感にひたる、というブラックユーモアたっぷりのネーミングだったわけ。
そういうわけで、そんなロンのおじいちゃまとロンのおばあちゃまの家に、最近、よく通うようにしている。なんか、そういうことにしている。私のことを溺愛しつづけてくれたこのひとたちの元を離れて、外国に住むんだと思うと、日本にいる間に、そうせずにはいられないと思った。そう思うに至ったのには、それなりのきっかけがあった。頑固で不器用で愛しにくい困り者の老夫婦として息子夫婦や孫たちを遠ざけ気味だったこのひとたちは、私の「絵の道で生きていきたいのです」的な告白に際して、思いも寄らない温かい言葉をかけて受け入れてくれたのである。「絵の道」なんてこと、私はずっと言い出せなかったし、祖父母にとってそれはどんなにか受け入れがたい告白だっただろうか、と思う。
なんか、それをついに告白した私にも、それをついに受け入れた祖父母にも、急に「乗り越えた」感が溢れ返った。
いや、でも、もしかしたら、それは、ひとえに私が私自身が乗り越えただけなのかもしれないけれど。今まで決して家族と向き合うことができなかった私が、ついに生まれ変わった、だけなのかもしれないけど。生まれ変わった私の目には、今までずっと当たり前にあったはずのものが、やっと見えるようになってきたっていう、そういうことなのかもしれないけど。
見えるようになったものは、家族の愛情であった。それから、それぞれの物語であった。完璧でない、完璧であるはずのないそれぞれの、弱さや強さ、くだらなさや立派さ。それぞれが人間として生きてきた軌跡の物語であった。
ロンの祖父母は、一時は心身ともに弱っていったんだけど、最近、なんかどんどん生き生きとしてきてる。ふたりで助け合って、前向きに暮らしてる。言うことは「もういつ死んでもおかしくない」とか「ふたりで何とか生きてるのよ」とかなんだけど、なんか一時期とは比べ物にならないくらい、カラっとしていて前向きなのである。にこにこしているし、しゃべりかたが全然違うのである。前は、同じようなことを言っていてもニュアンスがかなりちがった。「生きていてもなんにも楽しくない」みたいな、親族一同が不安になるようなことを祖母が言ったかと思えば、祖父が声を荒げて人の悪口を言ったりなんかして、わりと愛しにくい老夫婦だったのだ、つい最近までは。
そういう祖父母が劇的に丸くなった。これまでほぼ不仲に見えていたふたりが、肩を寄せ合って助け合って生きるようになった。祖父は自分と妻の老いをようやく認め、そして妻への感謝と愛情を噛みしめ始めたみたいだった。今まで、祖父は傍若無人で思いやりがなく、「どうにかして生きたい、自分だけが生き残りたい」みたいな、非常にガツガツとした老人であって、私たちはたびたび閉口していたのである。それはそれで、そのバイタリティーのおかげで、倒れて入院してもすっかりさっさと元気になってくれたりして、よかったんだけどさ。今はほんとに別人のように、祖母の夫として祖母を支えていっしょに暮らしたいというやわらかな願いが見えるようになった。顔が全然違うのだ。
ロンのうちに行くと、毎回、新しい感動が待っている。ふたりの老人の、知らなかった物語も蔵から出されてきて。老いるってすてきなことなのかもしれない、と最近思う。
だけど、ほんとうは、私が見ていなかっただけで、昔から、祖父は夫として祖父なりに祖母のことを考えて生きてきたのだ。ふたりにはふたりの物語があった。私が見ていなかっただけなのだ。
そういうわけで、今までと比べれば劇的に頻繁に、ロンの祖父母の家を訪問している。それは祖父母のためでもあるけど、自分のためでもある。今までは「忙しいから」という理由で全然立ち寄ることのなかったこの家が、案外自宅からかなり近いこととかにも気づく。こういうことのために仕事辞めたんだよ、とも思う。
そうです、最近の生活のよいところは、ひとつひとつの動作にゆっくり時間をかけて生活できるようになったこと。いまだに走りながら生きてるけど、でも、よく休んだり、ちゃんと遠回りしたりしている。そうそう、自転車操業っていうんだ、こういうの。いつも楽しいし、生まれて初めて、生きてるって感じがする。この充実感・・・死ぬんだろうか。でも、死んでもいいかも、とも思う。いや、生きたいけど。でも今までの気分とは違うんだ。今までは、出口が見えないのに走り続けて、出口が見えないまま突然に終わってしまうことが無償にこわかった。今はあんまりこわくないような気がする、だって楽しいからね。でもやっぱり、死ぬとなったらこわいと思うけど。
ロンのうちで過ごす時間が、自分の生活にとってかけがえのないものになるとは、ちょっと前の私には想像もつかないことだった。ロンのうちに行かなきゃいけないときは、いつも時間をもてあましていたし、同じ話(しかも自慢話)ばかりする祖父母のことが嫌いだったし。
今は大好きなのだ。楽しい。
最近の私は何回も言うけどほんとうに楽しい。
それは、ひとの物語を味わえる余裕が生まれたからなんだ。
麻
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Posted by イシワタマリMari Ishiwata | 01:05 | Comment [0] | TrackBack [0] | 未分類

